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zoom RSS 元六甲縦走路(文太郎道)にて『孤高の人』〜加藤文太郎を偲ぶ

<<   作成日時 : 2013/03/12 11:09   >>

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 加藤文太郎 登山好きな人は誰でも知っている程の著名人ですが、恥ずかしいかな自分は知りませんでした ・・・が新田次郎の『孤高の人』を読んで戦前の偉大な登山家、それも単独行で当時は高価な登山靴も持たず地下足袋を履いて登る異色の存在だったと知りました。

フリー百科事典で調べると彼は兵庫県美方浜坂町出身(現在の新温泉町)にて1905年3月11日この世に生を受け1919年に神戸の三菱内燃機製作所(三菱重工業の前身)に勤務し、兵庫県立工業学校夜間部を卒業し、1923年頃から本格的に登山を始めたとの事。

当時の彼の住まいは須磨にあった為、六甲山が歩いて登れる位置にあり、今ではごく当たり前になり、ハイカーなら誰しも一度は挑戦したくなる六甲全山縦走ですが、その先駆者が彼ではないでしょうか。 非常に歩くスピードが速かった文太郎は、早朝に須磨を出て六甲全山を縦走し、宝塚に下山した後、其の日のうちに、歩いて須磨まで帰って来たという。距離は約100kmに及ぶ。

それからは絶えず六甲山系でトレーニングを重ね、山行く時にはポケットの中に干した小魚を入れ(確かに塩分補給になり効果抜群と思われる)、また仕事の行き帰りには石を詰めたザックを背負い、夜はわざと庭で眠って山中泊のトレーニングをしたと・・知りました。

1928年頃から単独行で日本アルプスの数々の峰に積雪期の単独登頂を果たし、なかでも槍ヶ岳冬季単独登頂や、富山県から長野県への北アルプスの単独での縦走によって、「不死身の加藤」として一躍有名となる。1935年同町出身の花子と結婚。

1936年1月、数年来のパートナーであった吉田富久と共に槍ヶ岳北鎌尾根に挑むが猛吹雪に遭い天上沢で30歳10カ月の生涯を閉じる。当時の新聞は彼の死を「国宝的山の猛者、槍ヶ岳で遭難」と報じた。 ・・・ 『フリー百科事典』 と 『孤高の人』 より。

今年は2013年、今から77年前の1月に新妻を残して僅か30歳10カ月で・・・山男と言ってしまえば、それまでですが・・・残念です。

その後、シンガーソングライターのリピート山中さんが歌われました
 孤高の人よ〜加藤文太郎の歌 (←クリックされると歌が)

   あったこともない 話したこともない        加藤文太郎    
    あなたを想い 山を見上げる         あなたの名前を
    あなたの足跡に 道は開けて       あなたが愛した 山で歌う
    今では誰もが 山を楽しむ            加藤文太郎
                               あなたの話を
                              山で出会った 仲間と語る
   便利な道具は なかった昔         
   あなたは仕事の 行き帰りにも
   石の詰まった サックを背負い
   庭に眠って 山を夢見た           単独行の 文太郎と呼ばれ
                              北鎌尾根の 吹雪に消えた
                              三十一歳の 若い命は
       加藤文太郎                   今も輝く
      あなたの名前を                 孤高の人よ
   あなたが愛した 山で歌う              
       加藤文太郎
      あなたの話を                   加藤文太郎
   山で出会った 仲間と語る             あなたの名前を
                              あなたが愛した 山で歌う 
                                  加藤文太郎
   あなたが生れた 兵庫浜坂            あなたの話を
   山の男は 猟師のせがれ           山で出会った 仲間と語る
   初恋の場所 宇都野神社から        
   見下ろす日本海 そそぐ岸田川
              
                                  加藤文太郎       
                                 あなたの話を
   港神戸に 働きながら             あなたが愛した 山で歌う
   山と出合って 山行くときは              加藤文太郎
   ポケットの中 いつも詰め込む           あなたの名前を
   干した小魚 ふるさとの味           山で出会った 仲間と語る
                                ・・・ 仲間と語る


歌詞を詠みながら歌を聞いていると・・・昔の日本社会や日本男児を想像して瞼に浮かんできます、いたたまらなくなり元六甲縦走路(文太郎道)へ・・・ 訪れました。 近場だけにこれから何度でも訪れ歩く事でしょう。 
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ウ〜ン この道だ !!! 加藤文太郎さんを偲ぶには・・・

 
    あったこともない 話したこともない あなたを想い 六甲縦走路を歩く
    あなたの足跡に 道は開けて 今では誰もが 山を楽しむ

    今のように 便利な装備品は なかった昔 あなたは仕事の 行き帰りにも
    石の詰まった ザックを背負い 夜は夜で 庭で眠って 山を夢見て トレーニング

    あなたが生まれた 兵庫浜坂  山の男は 猟師のせがれ 
    港神戸で 働きながら 山と出会って 山行くときは ポケットの中
    いつも詰め込む 干した小魚 ふるさとの味

    単独行の文太郎と呼ばれ 北鎌尾根の 吹雪に消えた
    三十一歳の 若い命 今も輝く 孤高の人よ
    加藤文太郎 あなたの名前を あなたが愛した 六甲山で歌う
    加藤文太郎 あなたの話を 六甲山系で出会った 仲間と語る

此処の山道は、いつ何時までもこの状態で残して、時には一人歩きを続けよう・・・彼の分まで長生きして六甲山系を歩き続けたいなぁ〜・・・と思うのでした。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
孤高の人は昨年私も夢中で読みました。読んで加藤文太郎記念館も訪れたいなと思いました。
素晴らしい小説なのですが、加藤を死に追いやったかのように小説では書かれている吉田富久氏に関しては気の毒でなりません。
新田次郎は、加藤を孤高に見せる為に吉田富久を悪者に仕立てあげたのでしょうかね?
文太郎縦走道は知らなかったので私もいずれ歩いてみたいです。
ヘル男
2013/03/20 19:46
確かに孤高の人に書かれているのをストレートには解釈していません、其の件に関して色々な人がコメントされている様ですが、何処までが真実か・・? あくまでも推測の世界。
ただ一つ考えられる事は、単独行ならばもっともっと慎重になりますが、同伴者がいると、どうしてもお互いに気の緩みと同時に大胆になりがちになるのではないでしょうか?
う〜さん
2013/03/21 16:32

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